明快解説

医師のための法律と訴訟

医師のための法律と訴訟

■著者 寺野 彰

■編集協力 竹田 真

定価 4,180円(税込) (本体3,800円+税)
  • A5判  264ページ  2色
  • 2014年3月26日刊行
  • ISBN978-4-7583-0046-9

医師が知っておくべき医療の法律,医療訴訟が明快にわかる

医療と法律には密接な関係がある。それにもかかわらず医師は,大学医学部において医療に関する法律や医療訴訟について学ぶ機会が少ない。昨今の医師は常に医療訴訟の恐怖にさらされているといっても過言ではないが,日常診療に忙しい医師は法律については素人であり,いざというときの備えがないままということが多い。
本書は医師であり弁護士でもある著者がわかりやすく解説した,医療訴訟についてのテキストブックであり,医師が医療訴訟に対峙しなくてはならないときでも慌てないようにするための一冊となっている。


序文

 このたび,『明快解説 医師のための法律と訴訟』を上梓することになった。これは,医学雑誌『Mebio』誌上に,「医療と法」というメインタイトルで,2年間24回にわたって連載した内容を,メジカルビュー社のご好意で,単行本にまとめたものである。その内容は,第1章「医療訴訟の基本」,第2章「判例を中心として」の2つの章に大きく分けてある。本書でもそれに従った構成をとっている。
 近年,特にこの二十数年間,医療を取り巻く状況は大きく変わってきた。政府の低医療費政策と医師数抑制政策によって,地域医療は崩壊の危機に瀕し,その結果は患者へのしわ寄せとなって,医療提供に大きな支障となってきている。そのような状況のなかで,あるいは連動した形で,病院,特に大学病院など大病院での医療事故が増加してきた。2000年代初期の患者取り違え事件,腹腔鏡事件などマスメディアを賑わすような多くの大事件が連続して発生し,大きな社会問題となった。
 このような状況において,医師をはじめとする医療者に法的責任の理解,コンプライアンスに従った医療提供の重要性の認識がきわめて薄いことが認識されてきた。筆者は,これまで医科大学において,長く教育・診療・研究に従事してきた。そのなかで感じることは,医学生は国家試験を中心とした専門的知識・技術の習得には熱心であるが,それ以外の例えば法的な事項への関心はほぼ皆無であることだ。また医学教育のなかでもそのような医学以外の教育はカリキュラム上ほとんど組み入れられていない。しかし,筆者の試みた「医事法制」の授業などでは,医学生はこれにかなり高い関心をもっていることが実感できる。特に,具体的な判例に関して強い関心をもつ。実際の医療に関連した事件だけに,法律を自分のものとして実感できるのであろうと思われる。
 とはいえ,当然かもしれないが,法律の基本的考え方は,医療者にはほぼ欠けているといわざるをえない。例えば,民事事件と刑事事件の区別も理解していない。まして,訴訟法に至っては,知識は皆無といってよい。その結果,自分の医療行為の責任が法的に問われた場合,完全に混乱してしまい,民事事件であっても,日常医療も手につかなくなり,休職あるいは退職し,医師不足による医療崩壊をさらに進めてしまうことになる。
 このような場合,少しでも法律的知識,考え方を理解していれば,民事事件であれ刑事事件であれ,医療者の混乱を少しでも救うことができる。重要なことは,法律や訴訟の基本を理解していることにより,日常診療において,コンプライアンスに根ざした診療が可能となるということである。判例なども理解していれば,現在問題となっている法的問題は何かが実感でき,自信をもった診療に資することになる。
 本書は,このような目的で,医療をめぐる訴訟問題を中心に,前半を訴訟の基本の理解,後半を具体的な判例の解説という形で,医師をはじめとする医療者の法律,特に訴訟法の理解に資することを目的とした。
 最近の判例では,医療の過失が問題となることは当然としても,たとえ過失が認められなくても,医師の患者に対する説明責任が問題とされることが多くなった。これらの判例を理解することによって医学の講義に出てくるインフォームドコンセントの重要性が具体的な形で理解できると思う。さらに,医師は高度な専門家であり,診療録はじめ証拠となる資料を有しているのであるから,患者の立場からいえば強者に属することは確かであり,裁判所の考え方においても弱者救済の思想が強く出ていることも認識すべきであろう。また医療裁判が,専門的であるがゆえに特殊なものであり,解決に時間がかかるため,迅速化などによってこれを合理化しようとする近時の裁判の傾向も理解して欲しい。医療者としても,医療訴訟の迅速かつ公平な解決に協力すべきは当然である。
 筆者は,現在獨協学園理事長の職にあるが,獨協医科大学においても働いており,同時に東京芝法律事務所で弁護士業務に従事している。しかしながら,判例の分析などについては,同事務所の少壮弁護士である竹田 真弁護士の手を煩わせた。多くの時間を割いていただき,適切なアドバイスをいただいた同弁護士に深謝する。さらに,2年間の『Mebio』長期連載と本書発刊に尽力頂いたメジカルビュー社 中村正徳氏,藤原琢也氏に御礼申し上げる。

2014年2月
著者  寺野 彰
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目次

第1章 医事訴訟の基本
 医療関連訴訟の現状
  医療訴訟の事件数推移/審理期間の長期化/判決か和解か/上訴率/鑑定率/診療科目による事件数/医事関係訴訟(民事)長期化に対する施策/刑事事件
 医療裁判の基本
  三審制の構造/医療事故と裁判/民事事件と刑事事件/実体法と手続法/民事訴訟と刑事訴訟の相違/証拠の扱い/民事と刑事の結論の差異/司法の三本柱
 医療訴訟における民事訴訟手続
  民事訴訟の流れ/口頭弁論/訴状/当事者主義/処分権主義/弁論主義/証拠の意義/争点・証拠整理手続き/証拠調べの流れ/専門委員制度(民訴法92条の2-7)/自由心証主義(民訴法247条)/判決(民訴法253条)/既判力/裁判上の和解/民事調停
 医療訴訟における刑事訴訟手続
  刑事訴訟法の理念/刑事訴訟手続の流れ/捜査/公訴提起/公判/証拠調べ/最終弁論/刑罰/上訴
 医療における行政処分
  行政処分の流れ/「医師および歯科医師に対する行政処分の考え方」
 医療事故と過失
  刑事訴訟における過失の考え方/予見可能性および結果回避義務/業務上過失/民事上の責任/民事上の注意義務違反(過失)
 医療水準
  医療水準とは?/医療水準の判断過程/転医義務と医療機関の責任/確立された医療水準の概念/医療慣行と医療水準/医療従事者の研鑽・努力/医療水準が適用される具体的場面/医療水準の空洞化
 医療訴訟における因果関係
  因果関係の意義/法的因果関係と医学的因果関係/判例にみる法的因果関係/刑法上の因果関係/予想外の事情の介入
 医療訴訟における損害賠償
  損害の考え方/積極損害/消極損害/過失相殺/患者の素因などによる減額/損害賠償の算定基準/慰謝料/医療訴訟の慰謝料/医療訴訟の慰謝料算定
 医療民事訴訟の証拠調べ
  従来の医療訴訟/医療訴訟の迅速化/医療訴訟における証拠調べの現状/争点整理
 診療録の意義
  診療録と作成目的/医療訴訟における診療録の意義/書証としての診療録/診療録の改ざん/診療録作成上の注意/電子カルテへの移行
 証拠保全
  証拠収集の過程/調査方法/証拠保全の事由と疎明/証拠保全の方法と対象
  
第2章 判例を中心として
 説明義務 1.インフォームドコンセント、自己決定権
  説明義務(インフォームドコンセント)、自己決定権/ICをめぐる判例/説明・同意取得義務者/説明・同意の相手方
 説明義務 2.説明義務違反
  説明義務違反
 説明義務 3.患者の自己決定権と医師の裁量権
  医師の裁量/医師の裁量の範囲/病名告知
 転医義務
  法的根拠/転医義務の内容/転医義務の判断基準/転医義務の履行時期
 相当程度の可能性—因果関係の考え方—
  因果関係論/因果関係が立証できないときの法理論/「相当程度の可能性」理論/「相当程度の可能性」理論の問題点
 鑑定の意義
  鑑定とは/鑑定の問題点
 試行的医療
  試行的医療(実験的医療)/試行的医療の特性/試行的医療の問題点
 診療ガイドラインの法的意義
  診療ガイドラインとは/診療ガイドラインの問題点/訴訟におけるガイドラインの位置づけ/おわりに
 院内感染症と訴訟
  院内感染症と訴訟の現在/院内感染症の法的問題点/訴訟となる院内感染症
 チーム医療と訴訟
  過失の競合
 応召義務と救急医療
  応召義務/「正当な事由」/救急医療
 福島県立大野病院事件と医事刑法
  わが国独特の「医療事故の刑事化」/本事件から学ぶこと/医療安全体制の問題点
  
memorandum
  医療従事者・医療機関の責任
  検察審査会
  略式手続
  医師法(抜粋)
  医道審議会医道分科会
  許された危険と信頼の原則
  医療集中部
  診療録の証拠価値
  患者作成の日記、メモ等の証拠価値
  診療録の保存義務
  医療ADR
  カンファレンス鑑定
  ヘルシンキ宣言
  ICH
  モンスターペイシェント
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