生殖医療をめぐるバイオエシックス

生殖補助医療と遺伝学の接点:技術的・社会的・倫理的ならびに法的諸問題

生殖医療をめぐるバイオエシックス

■訳 鈴森 薫

定価 4,950円(税込) (本体4,500円+税)
  • A5判  176ページ  
  • 2009年2月27日刊行
  • ISBN978-4-7583-1057-4

ARTに携わる人々必読の書:EU諸国の各種ガイドラインを概観し最先端がわかる本

生殖補助医療(ART)は遺伝学と密接な関係をもっており,生殖医療の臨床においては,遺伝的,倫理的,社会的な様々な問題が山積されている。本書では,こうした諸問題が網羅され,EU諸国でのそれぞれのガイドラインが示されている。現在は未整備である,わが国の生殖医療の遺伝的・倫理的諸問題に関するスタンダードを作成していくうえでのひな形となるであろう。生殖医療とくにARTに携わる医師に限らず,遺伝カウンセラー,生殖カウンセラー,さらに胚培養士など,だれもが日常悩まされる諸問題について,示唆に富んだ考え方が示されており,生殖医療を実践している関係者にとって必読の書である。


序文

翻訳に至るまでの経緯

 ESHRE Monographs, PGD in EuropeのReview “ The interface between medically assisted reproduction and genetics: technical, social, ethical and legal issues” が発表されたのは2006年10月のことである。
 このReviewを一読して感じたことは,生殖医療の臨床応用に関して問題となることが必然の遺伝的,倫理的,社会的など諸問題が網羅され,EUでは,それぞれ国によって異なるものの的確なガイドラインとして示されているということであった。これが,わが国で生殖医療の遺伝的,倫理的諸問題に関するスタンダードを作成していく上でもひな形となると直感した。生殖医療とくに生殖補助医療(ART)に携わる医師に限らず遺伝カウンセラー,生殖カウンセラー,さらに胚培養士など,だれもが日常悩まされる諸問題について,示唆に富んだ考え方が示されており,このReviewは生殖医療を実践している関係者にとって必要不可欠になるであろう。しかし,このReviewはA4版51ページにビッシリ掲載されており,臨床に多忙な医師をはじめCo-Medicalな人に読んでもらうにはどうしても日本語訳をする必要があると感じた。
 わが国のARTを用いた不育治療も,その施設数,治療実施周期(サイクル)数あるいは出生児数においても増加の一途をたどっており,ARTが臨床に取り入れられた約30年前と比べると隔世の感がある。
 日本産科婦人科学会は,体外受精・胚移植(IVF-ET)の実用化に対し1983年10月の会告“「体外受精・胚移植」に関する見解”を始めとして,1986年3月“「体外受精・胚移植の臨床実施」の「登録報告制」について”,1988年4月“ヒト胚および卵の凍結保存と移植に関する見解”,1992年1月“顕微授精法の臨床実施に関する見解”,1997年5月“「非配偶者間人工授精と精子提供」に関する見解”など次々に発表し,ART実施に際しては学会員がこれら見解を遵守するのを求めてきた。ARTを倫理的側面から最初に直視したのは1984年にわが国で第2例目のIVF-ET児誕生に成功した,当時,徳島大学の教授であった森崇英先生らの「生殖補助医療と生命倫理」に対する指針であろう。
 一方,人類遺伝学領域からはゲノム医学の発達により,種々の遺伝性疾患が分子レベルで診断可能となり,遺伝子診断は医療行為の一つで遺伝性疾患および診断法の特殊性や,遺伝情報が個人のプライバシーに属すると同時に血縁者とも共有するという特殊性を踏まえて,日本人類遺伝学会は,1994年に「遺伝カウンセリング・出生前診断に関するガイドライン」,および「遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン」を提案,2001年にそれらを改定し,遺伝医学関連10学会による「遺伝学的検査に関するガイドライン」として公表した。
 IVF-ETの確立は,採取した卵子や精子,授精法,および移植する子宮などを自由に組み合わせることにより,妊娠の仕方にいろいろなバリエーションをもたらした。さらに,これらの技術に遺伝医学的な知識を導入することにより着床前診断(PGD)も可能になり欧米ではすでに一般医療として確立している。
 こうした状況下で,日本産科婦人科学会もARTの新しいアプローチとしてPGDを取り上げ,現・徳島大学学長・青野敏博先生を倫理審議委員長に,頻回にわたる討議を経て,佐藤和雄会長により1998年6月“「着床前診断に関する見解」について”が公表された。この見解では,対象を「重篤な遺伝性疾患」に限定し,施設内・学内倫理委員会の審議を経て受理されたもののみとし,あくまでも「臨床研究」と位置づけている。しかし,PGDには常に検討すべき遺伝的,倫理的,社会的,法的な諸問題が存在する。
 今回出されたESHREのMonographは様々な国情:民族的,経済的,伝統的,宗教的相違点を考慮した上でこれらの諸問題を討議し,決して一方に偏るようなことはなく述べられており,これがわが国における将来の生殖医療の健全な発展に寄与するところは大きいと言えよう。

2008年11月
訳 鈴森 薫(名古屋市立大学・大学院名誉教授)
(現・胎児生命科学センター)
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目次

 序文(翻訳に至るまでの経緯) 鈴森 薫
   編集者からの言葉 Joep Geraedts
   本書で使用する「用語・略語」解説
  
1. 序文(本書の狙い)
2. 本書作成の基盤
3. サービスの目標
  3.1 ART応用の可能性
  3.2 IVFクリニックと遺伝クリニックとの協力体制
  3.3 認定証と監視の役割
  3.4 インフォームド・コンセントの必要性
4. IVFカップルの遺伝学的研究
  4.1 遺伝学的検査の必要性
  4.2 男性不育症の遺伝学的診断
  4.3 女性不育症の遺伝学的原因
  4.4 提供配偶子や胚を受けるカップルへの検査
  4.5 成功率は問題になるか?
5. PGDとスクリーニング
  5.1 PGD対PND
  5.2 遺伝学的分析手技
  5.2.1 極体生検
  5.2.2 分割胚生検
  5.2.3 胚盤胞生検
  5.2.4 分析法
  5.3 PGDの主な適応
  5.3.1 単一遺伝子病と染色体異常
  5.3.2 完全浸透率の遅発型常染色体優性遺伝性疾患および
      Huntington舞踏病(HD)例に対するPGD
  5.3.3 通常の遅発型遺伝性疾患群の易罹病性遺伝子検出を
      目的としたPGD適応拡大
  5.4 染色体数的異常に対するPGD適応
  5.5 PGDとPGSの相違点
  5.6 HLAが適合した同胞が望む家族のPDG-HLAタイピング
  5.7 罹患胚あるいは未診断胚の移植への利用
  5.8 結果と誤診
  5.9 親の心構え
  5.10 医学的理由による性別判定の適用
  5.11 社会や家族のバランス思考による性の選択
  5.12 PGD(着床前診断)への規制
6. 遺伝情報に基づいたドナーの選択
  6.1 どのような検査をするのか?
  6.2 家族歴では何が得られるか?
  6.3 どのような形質・特徴を選択するか?
  6.4 採用できないと言われたドナーに,どのようなカウンセリングをするのか?
  6.5 保因者? ホモ接合体? 同一ドナーを使う場合の限界は?
  6.6 胚提供の問題点は?
7. 遺伝とARTに関連したカウンセリング
  7.1 カウンセリングの定義とその目的
  7.2 生殖カウンセリング
  7.3 遺伝カウンセリング
  7.4 オートノミー(自律)
  7.5 カウンセリングの説明要求
  7.6 非指示性対中立性
  7.7 自己決定の共有
  7.8 不確実性についてのリスク伝達/言葉
  7.9 患者の理解度
  7.10 カウンセリングとPGD
  7.10.1 PGD前の遺伝カウンセリング
  7.10.2 PGD後の遺伝カウンセリング
  7.11 カウンセリングに関する研究
8. ARTにより起こりうる悪影響
  8.1 その実態
  8.2 多胎妊娠
  8.3 女性に対するその他のリスク
  8.4 子どもに対する悪影響
  8.4.1 種々の研究
  8.4.2 エピジェネティックス(Epigenetics)
  8.4.3 Imprinting(インプリンティング:刷り込み現象)
  8.4.4 ICSI
  8.4.5 PGD
  8.4.6 ARTに関連した他の技術
  8.5 追跡調査
  8.6 ARTの影響に関する研究法
9. 手技の精度と安全性
  9.1 ARTに対する質的評価の必要性
  9.2 専門的ガイドライン
  9.3 義務の遂行
10. 研究の枠組み
  10.1 長期モニタリングの必要性
  10.2 各手技に関する研究の必要性
  10.3 社会的問題に関する今後の研究
  10.4 研究助成金
  10.5 初期胚研究規制
11. 一般住民健康規模/一般住民政策
  11.1 一般住民ヘルスケア
  11.2 EUにおけるヘルスケア, 医療費補助と規制の説明要求へのアクセス
  11.2.1 越境治療
  11.2.2 カップルの越境流出
  11.2.3 精子や卵子の越境流出
  11.3 正常性の認識
12. バイオエシックス
  12.1 バイオエシックス的観点からみたART
  12.2 優生学では何が悪いのか?
  12.3 身体的特徴の選択
  12.4 PGD-HLA
  12.5 選別か保護か? 医業の責任とは何か?
13. 心理的諸問題
14. 将来のシナリオ:主な原動力
  14.1 PGDに必要な支援グループ
  14.2 精度, 安全性および有効性の将来予想
  14.3 遺伝学的検査とスクリーニングの認容可能性
  14.4 経済的抑制はより強化されるであろう
  14.5 不育症予防の可能性
  14.6 文化グループの展望
  14.7 養子縁組の展望
  14.8 子どもの存在意義の展望
  14.9 障害者政策の展望
  14.10 幹細胞領域研究の発展
  14.11 生殖細胞系列修飾技術における発展
  14.12 ドナーの考え方の発展
  14.13 理にかなった規制へ
15. 結 論
references
 Appendix:各国および組織の動き
   法的枠組み
   政府間組織
  UN(国際連合)
  ヨーロッパ評議会
  EU( European Union)
   国内規制
  ヨーロッパ諸国
  オーストリア/ベルギー/デンマーク/フィンランド/フランス/
  ドイツ/ギリシャ/イタリア/オランダ/ノルウェー/ポルトガル/
  スペイン/スウェーデン/スイス/UK(イギリス)
  アメリカ大陸
  カナダ/アメリカ合衆国
   宗教的展望
  イスラム教世界/イスラエル
   研究所・組織のwebsites
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