産婦人科学読本

エストロゲンと女性のヘルスケア

生殖と健康の鍵を握るホルモンの謎

エストロゲンと女性のヘルスケア

■著者 武谷 雄二

定価 3,850円(税込) (本体3,500円+税)
  • A5判  192ページ  2色
  • 2015年3月2日刊行
  • ISBN978-4-7583-1245-5

女性らしさや生殖だけでなく生体に多様な作用をもたらすエストロゲンを包括的にわかりやすく解説

女性ホルモンとも通称されるエストロゲンは,女性らしさや女性の生殖・健康・疾患と関連づけて理解されてきたが,最近の研究によればその作用は骨・血管・脳・筋肉などの全身の臓器や組織の機能に影響を及ぼし,さらには糖や脂質の代謝にまで関係することが明らかとなった。また,女性ばかりでなく男性においても全身に作用していることや,生体ばかりでなく植物や食品・環境中にもエストロゲン類似作用を発揮する物質が多数検出されて,生活全般において影響が及んでいることがわかってきた。
こうした多様性をもつエストロゲンについて,包括的に話題を取り上げ大変わかりやすく解説された本書は,産婦人科医はもちろん産婦人科に興味をもつ医学生やメディカルスタッフ,一般の方々にも読んでいただきたい一冊である。


序文

 “エストロゲン”は多くの人にとって最も馴染みのあるホルモンであり,ホルモンといえばエストロゲンととらえる向きも多い。一方,エストロゲンは女性のからだや女性らしさ,さらには女性の病気と密接に関連していることから通称,“女性ホルモン”としてよく知られている。

 従来のエストロゲンに関するわれわれの理解は,卵巣で作られるホルモンで,女性としての体型や生殖機能に関係するものであり,エストロゲンの分泌の乱れがさまざまな月経の異常,不妊,更年期障害,子宮の病気などの原因となるということに限られていた。しかし最近の数十年間にエストロゲンに関する研究はめざましく進み,骨をはじめ血管,脳,筋肉など全身の多くの臓器や組織の機能に影響し,さらに糖や脂質の代謝にまで関係することが明らかとなった。また女性ホルモンといえども男性においても性機能をはじめ全身に作用することも示された。この結果皮肉なことに,エストロゲンとは一体何をしているのかということがむしろ混沌としてきた。

 エストロゲンの作用の多様性が明らかになるにつれ,エストロゲンを扱う研究分野は急速に増してきた。その結果,専門家の手によるエストロゲンに関する解説書の多くは,当該研究領域に関わっている専門家のみが興味を示し理解できるような非常に限定したテーマを扱うようになっている。世に言う専門家の “たこつぼ化” である。現在,エストロゲンに関する最先端の研究に邁進している多くの専門家は,エストロゲンの “真の姿” を視野に入れることなく,エストロゲンの一断面の研究に浸らざるを得ない状況にある。

 人を含むさまざまな動物は環境の変化に応じて,一定の方向性をもって進化を遂げてきた。人類は個体の生涯の充実や個性的な生き方に高い価値を置いている。これはすばらしいことではあるが,見方を変えると,そもそも動物の仲間であるわれわれの身体のしくみは,動物と同様に生殖の営みが確実に効率的に進行するようにできあがっている。それを仕切っているのがエストロゲンということになる。従って,生物学的にはわれわれの身体は子孫を残すために必要で十分なように作られており,無意識下ではあるが身体全体が何らかのかたちでエストロゲンに支配されていることになる。そのため男女特有の性格や行動様式,あるいは異性に魅かれる,あるいは異性を惹きつける身体の形態や言動,育児本能などはエストロゲンが陰に陽に関係していることになる。また女性が男性より長生きすること,男女での病気の違いなどもエストロゲンの作用が背景にある。つまり男女の社会的な存在性,価値観,行動,病気のリスクなどはエストロゲンの関与を考えると異なった側面が見えてくる。このことは病気の予防や治療にもヒントを与えることにある。このようにエストロゲンは人類の生存や生殖と深く関わっている。

 人は自分の意志ですべてをコントロールできると思いがちである。しかし,エストロゲンの役割や作用を学ぶと,高度な文明を築くことで自然を克服したかにみえる人類といえども,心身ともにエストロゲンに制御されているところがあまりに大きいことに気づく。人類も当然のことながら自然界に棲息する動物であり,自然とともに,あるいは自然の一部として生かされ,命脈を保っているということを実感せずにはいられない。われわれがエストロゲンにより制御されていることを理解することは,社会における男女の役割,女性の生き方,少子化問題などを考えるうえでも参考になるだろう。

 エストロゲンは生体内のみで産生され作用するという物質ではなく,植物をはじめ多くの食品に含まれており,食生活を通じていやおうなしにわれわれの健康に影響をもたらしている。また,近代化を遂げた人間の営みにより環境中にもエストロゲンと似た作用を発揮する物質が多数検出されており,多くの動物の性の分化や繁殖力に変化を生じせしめているという懸念がもたれている。おそらく,人類の未来への影響も完全にぬぐいさることはできない。つまり,他のホルモンと異なり,好むと好まざるにかかわらずエストロゲンはわれわれの環境や食生活と深く関わっており,もはや,個々人がエストロゲンに関する基礎的な知識を持たないと,安全で健康的な生活をめざすことができないといえる。その意味でもエストロゲンの専門家の間では常識であることが,より多くの方々にも拡散させていく必要がある。このことは著者の意図したことのひとつである。

 本書では「エストロゲンとはどういうものなのか」ということに関し,包括的にしかも平易に解説し,できるだけ多くの人々に理解していただくように試みた。あくまでもエストロゲンの焦点を当てたが,エストロゲンは男性ホルモンと対比させることでより理解が深まることから,適宜男性ホルモンについても触れている。さらに,エストロゲンが関わる高度な専門領域に没頭されている専門家同士の基本知識の共有ということも本書のめざすものである。そのために多くの医学書や学術書とは異なった記述となり,しかも全体的な理解を容易にするために,多少叙述的な記述を試みた部分があることをお断りする。だが,記述の学術性にも意を注ぎ,個々の内容は科学的に証明された事実に即して話を展開することを心がけた。

 以上述べてきたように,本書は生殖医療や婦人科領域に関わっている医師ならびに医療関係者,女性のヘルスケアに携わる方々,内分泌学をはじめ広く生命科学分野の研究者などに加え,一般の方々にも,エストロゲンの全体像を知っていただきたいという思いで上梓したものである。また,多くの方がエストロゲンという物質を通してわれわれの身体のしくみの複雑さや巧妙性に驚嘆し,生命体の調節系のからくりに対して好奇心を呼び起こしていただければ望外の幸せである。
 
2015年1月吉日
武谷 雄二
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目次

■1章 エストロゲンとは何か
エストロゲンとはどういう物質なのか
  エストロゲンとは
  エストロゲンには数えきれないほどの種類がある
  体内に存在する代表的なエストロゲンは3種類ある
  エストロゲンはどこで作られるのか
エストロゲンはどのような働きをするのか
  女性ホルモンとは
  女性の生涯においてエストロゲンは変動する

■2章 性と生殖を司るエストロゲン
エストロゲンは生殖のコンダクター
  エストロゲンは生殖能力の獲得・妊娠・子育ての主役
  受精・着床へのエストロゲンの役割
  妊娠・分娩・授乳へのエストロゲンの役割
  母性・育児へのエストロゲンの役割
  エストロゲンの見えざる指示
  女性の外見的魅力の仕掛けは生殖能力の反映
  ヒトに発情期はあるのか
  エストロゲンの作用を打ち消す理性と本能
  男女の結びつきは性ホルモンに操られたもの
男性ホルモンの役割
  男性ホルモンとは
  男性ホルモンは性欲と関係する
  男性ホルモンは女性への接近と母子を守る行動に駆り立てる
  子供が生まれるとテストステロンが低下する理由
胎児期の性ホルモンが心と性を決める
  胎児期の男性ホルモンの有無で男女が決定する
  身体と心が男性となるには男性ホルモンとエストロゲンが必要
  脳の性分化には環境も関与
  胎児期の性ホルモン作用と身体と心の性の不一致
エストロゲンと男性ホルモンは男女とも必須
  男性にとってエストロゲンは不要なのか?
  女性にとって男性ホルモンは不要なのか?

■3章 エストロゲン作用の多様性の秘密
  生殖とは個体全体の総合作業
  エストロゲンとは単一ではなく集団である
  血中の蛋白質がエストロゲン作用を調節する
  エストロゲンはさまざまな組織で作られる
  ホルモン分泌のフィードバック機序:エストロゲンの特異性
  標的組織におけるエストロゲンの作用様式の多様性:複数の受容体の意義
  エストロゲンは他のホルモンの作用を調節する

■4章 女性の一生とエストロゲンの関わり
思春期とエストロゲン
  エストロゲン分泌は思春期から急に高まる
  世界的に思春期の開始が早まっている可能性がある
  女児の肥満は思春期を早める
月経とエストロゲン
  月経はエストロゲンにより生じる
  月経周期に伴うエストロゲンの変動と女性の行動
  無月経になる理由
妊娠とエストロゲン
  妊娠の成立には母体卵巣由来のエストロゲンが不可欠
  妊娠8週以降は絨毛細胞(胎盤)でエストロゲンが産生させる
  妊娠中に増えるエストロゲンは胎児の副腎・肝臓と胎盤との共同作業で作られる
  エストロゲンの母体に対する作用
  エストロゲンの胎児に対する作用
  分娩発来のメカニズムとエストロゲンの関わり
  ヒトはなぜエストリオールを作るのか
更年期とエストロゲン
  更年期障害とは
  更年期障害にはエストロゲンは最も有効
  閉経年齢が早い女性は脳卒中や心臓病などに注意
  閉経が早まる要因
  両側の卵巣を摘除するとその後の健康に影響するのか
若さとエストロゲン
  エストロゲンは抗老化ホルモンか
  エストロゲンは皮膚の若さを保つ

■5章 女性のヘルスケアとエストロゲン
健康とエストロゲン
  エストロゲンは健康の陰の主役
  エストロゲンが低下するとどうなるのか
女性はなぜ長生きなのか
  女性が男性より長生きする理由
  女性が長生きする生物学的合理性
食欲とエストロゲン
  エストロゲンは食欲を低下させる
  エストロゲンは脳に作用して食欲を調節する
  女性が甘いものを好むのはエストロゲンのせいなのか
食事とエストロゲン
  食物中にもエストロゲンがある
  がんの予防につながる食事とエストロゲン
飲酒とエストロゲン
  飲酒はエストロゲン濃度を高める
  アルコール飲料水はエストロゲン様物質を含む
  飲酒の不妊への影響
  飲酒の乳がんへの影響
アスリートと性ホルモン
  女子アスリートのパフォーマンスとエストロゲン
  男性ホルモンは運動競技能力を増す
  男性ホルモンはドーピング剤にあたる
  アスリートと男性ホルモン
  男性ホルモンの分泌が多い女性は ?

■6章 さまざまな組織・代謝へのエストロゲンの作用
骨・筋肉とエストロゲン
  骨の成長を促すのも止めるのもエストロゲン
  エストロゲンは骨のカルシウムを増やす
  妊娠・授乳中のエストロゲンの“至妙な業”
  エストロゲンの低下は筋力の低下に結びつく
糖代謝とエストロゲン
  エストロゲンは糖代謝を改善する
  閉経後には糖尿病のリスクが高まる
  女性では男性ホルモンの増加、男性では低下に注意
脂肪代謝とエストロゲン
  エストロゲンは皮下脂肪を増やす
  エストロゲンと皮下脂肪が生殖機能を高める
  妊娠を無事に乗り切るための皮下脂肪
  エストロゲンが内臓脂肪の蓄積を防ぐ
  エストロゲンが全身のエネルギー代謝を制御する
血管とエストロゲン
  エストロゲンは血管の老化を防ぐ
  エストロゲンと脂質代謝を改善して血管を保護する
  エストロゲンはうまく使うと心血管系の病気を防ぐ

■7章 脳とエストロゲン
脳・性格・行動とエストロゲン
  脳機能に深く関わるエストロゲン
  脳内でも産生されるエストロゲン
  性格に影響をもたらすエストロゲン ⁉
  テストステロンは脳でエストロゲンに転換される
  職業を左右する女性のテストステロン ⁉
  エストロゲンは禁煙を困難にする ⁉
  薬物乱用に陥りやすくするエストロゲン

■8章 エストロゲンと疾患の関わり
エストロゲンは病原菌を追いやる
  生殖器から病原菌の侵入を防ぐエストロゲン
  外部の有害因子から守るエストロゲン
  免疫関連疾患へのエストロゲンの対応
婦人科疾患とエストロゲン
  婦人科疾患に関与しているエストロゲン
  子宮体がんに関与しているエストロゲン
  乳がんに関与しているエストロゲン
女性に多い疾患とエストロゲン
  エストロゲンの変化と片頭痛
  エストロゲンの変化と喘息
  エストロゲンの変化と胆石
  エストロゲンの変化と腸の運動異常
生活習慣と女性のがん
  女性の肥満はエストロゲンが増え、がんのリスクが高まる
  運動はエストロゲンを下げ、乳がんが減る
精神・神経疾患とエストロゲン
  女性のうつとエストロゲン
  アルツハイマー病とエストロゲン
  統合失調症とエストロゲン
  自閉症とエストロゲン
  てんかんとエストロゲン
日内リズムの乱れとエストロゲン依存性がん
  夜間に分泌されるメラトニンは生殖機能を調節する
  メラトニンは乳がん、子宮体がんなどに抑制的に働く
  夜勤は乳がんや子宮体がんのリスクを高めるのか
エストロゲンは男性の疾患にも影響
  前立腺肥大症とエストロゲン
  前立腺がんとエストロゲン
  男性の乳がんとエストロゲン
エストロゲン関連製剤と疾患
  エストロゲン製剤はどのように利用されているか
  エストロゲン製剤で気を付けること
  抗エストロゲン薬とは

■9章 自然界や環境中のエストロゲン
自然界とエストロゲン
  エストロゲン様物質はすべての生物にある
  植物とエストロゲン
  昆虫とエストロゲン
  エストロゲン作用がある物質は生物全体へ影響する
植物エストロゲンとは
  植物エストロゲンは動物の生殖機能に影響する
  なぜ植物のエストロゲンはヒトに働くのか
  さまざまな疾患の予防効果が期待されている植物エストロゲン
腸内細菌と植物エストロゲン
  腸内細菌は植物エストロゲンを強力にする
  腸内細菌によりエストロゲンに変わる物質がある
  腸内細菌は前立腺がんを予防できるのか
内分泌かく乱物質・環境ホルモン
  内分泌かく乱物質とは
  内分泌かく乱物質にはどういうものがあるのか
  内分泌かく乱物質の汚染はなぜ怖いのか
  健康への影響にはどのようなものがあるのか
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