脳神経外科 M&Mカンファランス

脳神経外科 M&Mカンファランス

■監修 寶金 清博

■編集 森田 明夫

定価 14,300円(税込) (本体13,000円+税)
  • B5変型判  512ページ  オールカラー,イラスト120点,写真400点
  • 2016年9月30日刊行
  • ISBN978-4-7583-1558-6

在庫僅少です。


次の手術のために。次の次の患者のために

脳神経外科手術はトラブルや合併症との戦いである。狭く,デリケートな組織を扱う手術がゆえに,わずかな操作が思わぬ障害を発生させたり予後に悪影響を与えたりする。あるいは画像に写りにくい疾患,再発例,難治例などが立ち塞がる。
こうしたケースに対応する能力を身につけるために最も適した教材は「経験」である。本書では,各種の脳神経外科手術で発生した困難に先達の医師たちがどう向き合い,悩み,工夫し,成功あるいは苦い思いを得て,そこから汲み取った知見や技術,手技や機材の進歩を武器に「問題点」の洗い出しと「対策」の構築を行って,次の手術に活かしていったのかという「経験」を集積している。


序文

監修序文

 最初,森田明夫教授から本企画をうかがったとき,逡巡するものがあった。それには2つの理由がある。1つは,現在の医療事故調査の確立に至る困難な経緯を長く目撃してきた者として,「M&M」ということが,筆者らの意図を離れて,誤解を受けるのではないかという危惧であった。もう,1つは,本書が広い意味で「失敗学」に関係するものであるということであった。結果として,こうして完成した本書を手にして,すべてが杞憂であったと感じている。

 「失敗」と「過誤」は,因果の関係で結ばれている。失敗は結果であり,「過誤」は,以下に示す3つの主な原因の1つである。
①「過誤」によるもの(ヒューマンエラー)
②「リスクを織り込み済みの戦略・挑戦」によるもの
③生体系のもつ複雑系のために予想できない原因によるもの
 本書では,一流の術者の貴重な経験が多数記載されており,脳神経外科におけるM&Mとして,十分な領域がカバーされている。多くは,上記に②③に分類されるものである。「合併症に学ぶ」という論理の背景には,合併症の経験を共有することで,合併症を予防できるというロジックがある。
実際には,PDCAサイクルが有効なのは,②③のタイプの失敗である。言い換えると,①のタイプのヒューマンエラーは必ずしもPDCAサイクルが機能しないことも認識すべきである。原発事故などをみても,「失敗学」の裏返しである「安全学」が,根本的な欠陥をもっていたことがわかる。「失敗」が完全に予想可能ではないことと(上記③),それに加えて,ヒューマンエラー(上記①)が重なると,「失敗」が曖昧なものになり,放置されてしまうことがある。
 こうした失敗学への批判は,医療におけるM&Mの試みに対しても厳しい。しかし,私達,医療者は,地道にこうしたさまざまな合併症や患者にとって望ましくない結果の解析は続ける努力を辞めてはいけない。脳神経外科は,複雑系を扱う実学の代表であり,本書はその実例が満載である。また,治療上,リスクを織り込み済みの判断が,どのような結果をどのような状況で引き起こすかは,実際の経験から学ぶしかない。
 本書は,こうした医療事故に対する社会的に厳しい状況のなかで,M&Mを正面から取り上げた力作である。

 森田明夫教授の高い情熱と使命感で,本書が世に出ることになった。このタイミングは,期せずして,絶妙なものとなった。読者は,多くは臨床の前線にいる新進気鋭の先生方であろうと思われる。従って,最近,厚生労働省から示された特定機能病院における医療安全の要件の厳格化の制度設計を詳細にはご存知ないと思われる。
 多くの重要な要件があるが,高難度新規技術に関する病院としての審議体制(委員会)の設置は外科系には最も重要なものである。「高難度新規技術」の定義は,当然のことながら,明確な一線は引かれていない。例えば,橈骨動脈を用い頭蓋外−頭蓋内のhigh flowの血行再建術などは,すでに多数例の経験のある術者が自ら行う場合には,「高難度新規技術」には当たらない。一方で,例えば,深部の脳動静脈奇形の手術が,「高難度新規技術」になる施設もありうる。言い換えると,この判定は,術者や施設の力量による。今後,本書に示されたさまざまな経験の共有は,今後の脳神経外科治療の「難度」を考えるうえできわめて貴重なものである。

 発刊に際して,もう,次の改定を期待するというのは,勇み足かもしれない。しかし,こうしたM&Mの蓄積は適時,更新される必要がある。また,できれば,こうした結果が悪い場合における,術者の心理とそこからの立ち直りの方法も私達外科医は,考える必要がある。特に,若い研鑽中の脳外科医は,大なり小なり,修練中に合併症で辛い経験をすることになる。脳神経外科学における「失敗学」と「立ち直り」の原点として,本書が発展することを期待している。

2016年9月

北海道大学大学院医学研究科脳神経外科教授
寶金清博

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序文

 うまくいかなかったことは人を成長させる。しかし医療,特に外科領域ではうまくいかないということはすなわち患者たちの損失につながる。同じ失敗ばかりをしていてはわれわれを信頼して命を預けてくれた患者たちに本当に申し訳ない。一般の医療については多くのヒヤリハットや医療事故情報が集積され,さまざまな解析がなされてきた。しかし外科領域では,小規模な研究会で失敗経験が語られることはあるが,システマティックに症例が集積され,共有されることは少なかった。
 本書の目的は,脳神経外科に関与する症例のなかで,特に手術に注目してうまくいかなかった症例の経験と対応策を,広く読者に共有してもらうことにある。
 脳神経外科医師として一生を生きるうえで経験する症例には限りがある。出会ったことのない,思わぬことが起こったときに,それに対応する引き出しを,富山の薬売りのようにもっていることを目指すきっかけになればと思う。
 そのために本当に数多くの先生の経験を紹介してもらった。さまざまな臨床病院に参加していただいき2010年からはじめた「南十字星脳神経外科手術研究会」や,2014年より東京医科大学の河野教授とともにはじめた「手技にこだわる脳神経外科ビデオカンファランス」では,そのようなうまくいかなかった症例の原因と対応策をdiscussionすることを主なテーマとしている。本書に掲載された症例は,そのような会で提示された例であったり,また普段からよく自分の反省点について真摯に発表をされている先生方にお願いをして記載してもらったものである。脳神経外科医であれば誰も理解してくれると思うが,それぞれの先生はその症例には精魂を込めて診療をしており,きわめて重い責任感と慚愧の想いを抱いている。またこのような経験は次にいつ自分に起こるかわからないものである。決して揚げ足を取ったり,また失敗を追求することなどをして欲しくない。ぜひこのような失敗をしないように,またそのような例に出会ったときどのような対応をすべきかの参考にして欲しい。
 われわれの日常臨床においては,ごく些細な問題の発端をみつけられる,見分けられる嗅覚を身につけねばならない。そのためには日頃から診療科のなかおよび施設内,あるいはグループ内で,さまざまな危険に陥るところだった,または陥ってしまった症例について,情報を共有し,忌憚のない意見を言い合い,そしてその患者をよりよい方向に向け,二度と同じ過ちをしない努力をしていかねばならない。それは日頃の姿勢として日常のカンファランスとして行ってもよいが,システマティックに行う本書のタイトルでもあるM&Mカンファランスとして行ってもよいと思う。本書にはうまくいかなかった症例以外に,そのような体制の作りかたや日常診療における心構えなどを,その道を追求している先生方にまとめて記載してもらっている。ぜひ本書を明日の日常診療に役立てて欲しい。

 少しでも脳神経外科の手術から合併症が減ることを祈って。

2016年9月

日本医科大学大学院脳神経外科学大学院教授
森田明夫
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目次

Ⅰ. 総論
 M&Mカンファランスの勧め  森田明夫
 
Ⅱ. 開頭,硬膜下出血,水頭症手術の合併症と対策
 穿頭術の合併症 慢性硬膜下血腫の手術トラブルから学ぶもの
 開頭におけるM&M
 脳室−腹腔シャント,脳室ドレナージの合併症
 開頭,硬膜下出血,水頭症手術におけるM&Mの総括  森田明夫
 
Ⅲ. 脳血管障害の手術における合併症と対策
・脳動脈瘤
 巨大動脈瘤  上山博康
 脳血管障害手術でやってはいけないこと,ピットフォール
 脳動脈瘤手術の合併症と注意点
 これはしてはいけない 脳血管手術例
 脳動脈瘤クリッピングのM&M
 脳動脈瘤手術合併症,やってはいけないこと 脳底動脈先端部瘤の症例
 脳血管障害 痛恨の1例
 
・脳動脈瘤:診断・治療計画
 出血部位の診断と対策
 出血部位の判断 くも膜下出血での出血部位判断の合併症と対策

・脳動脈瘤:アプローチと手技
 静脈損傷 脳動脈瘤手術の合併症
 内頚後交通動脈瘤クリッピングの合併症と対策 動脈瘤頚部損傷により不完全クリッピングとなった症例
 脳動脈瘤手術におけるpremature ruptureと対応策
 脳動脈瘤塞栓術における術中破裂と対策
 
・脳動脈瘤:再発例
 脳動脈瘤クリッピング後の早期の再発
 脳動脈瘤(内頚動脈−後交通動脈瘤) 長期経過の再発
 脳動脈瘤(中大脳動脈瘤) 長期経過の再発
 
・脳動脈瘤:予期せぬ因子
 高齢者脳動脈瘤
 高齢者の未破裂脳動脈瘤クリッピングにて母血管狭窄を生じた症例
 Suction decompressionおよび不十分な血圧のため脳灌流圧低下をきたしたと考えられた1例

・巨大・大型・血栓化動脈瘤
 巨大動脈瘤における穿通枝温存
 巨大動脈瘤における視力障害
 Elongated styloid processにより狭窄をきたし再建を行ったhigh flow bypassの1例
 脳血管障害における痛恨の症例
 脳動脈瘤手術M&Mの総括  森田明夫
 
・虚血手術:頚部血管の手術
 CEA手術における総頚動脈離断と再建法
 CEA術後に重篤な誤嚥性肺炎をきたした1例
 
・虚血手術:頭蓋内血管の手術
 左内頚動脈閉塞症の1例
 急性期バイパス術のM&M
 急性期開頭血栓除去の1例
 STA−MCA bypass術の合併症 Recipientの選択
 STA−SCA bypassの灌流不全および術後の血圧降下による広範な小脳梗塞を生じた1例
 脳梗塞超急性期血行再開通療法における合併症と対策
 脳血管内治療後の後腹膜血腫
 虚血性脳血管障害の手術におけるM&Mと対策,総括  森田明夫
 
Ⅳ. 脳腫瘍の手術における合併症と対策
・グリオーマの手術
 脳出血とグリオーマの症例
 グリオーマと脳梗塞
 術後片麻痺をきたしたinsular glioma 術中MRIとresectabilityについて
 グリオーマ手術における合併症と対策 生検術と開頭腫瘍摘出術
 後方言語野近傍の再発神経膠腫に対する摘出症例
 
・良性腫瘍,頭蓋底腫瘍
 小脳橋角部腫瘍の合併症例
 内頚動脈を巻き込む前床突起髄膜腫
 頭蓋底手術の合併症の1例
 頭蓋底手術における動脈損傷
 脳腫瘍手術の痛恨の1例 小脳橋角部,錐体斜台部類上皮腫の症例
 小脳浮腫をきたした症例
 Remote hemorrhage,remote eventの症例
 静脈出血
 High jugular bulb症例の合併症
 再発斜台・錐体髄膜腫の症例
 頭蓋底手術の合併症 痛恨の1例 再発海綿静脈洞部髄膜腫の症例
 前錐体アプローチの合併症 三叉神経損傷
 頭蓋底手術と髄液漏対策
 髄液漏に苦しめられた症例
 脳腫瘍の手術におけるM&M  森田明夫
 
Ⅴ. 内視鏡手術の合併症と対策
 内視鏡手術におけるピットフォール
 経鼻的手術後のくも膜下出血
 経鼻頭蓋底手術の合併症
 内視鏡下血腫除去の盲点 術中出血例
 内視鏡手術の合併症と対策,総括  森田明夫
 
Ⅵ. 脊髄手術の合併症と対策
 脊髄手術の髄液漏と対策
 頚椎術後C5麻痺の1例
 脊髄手術の合併症
 
Ⅶ. てんかん・機能外科手術の合併症と対策
 てんかん外科に関連する術後精神症状
 側頭葉てんかんに対する側頭葉切除後の記銘力障害
 てんかん手術の合併症 脳溝に沿った軟膜下皮質多切術(vertical MST)による脳内出血と脳腫脹
 
Ⅷ.  対策のまとめ
 合併症を起こさないための手術教育  岡本新一郎
 脳血管障害手術などのローカルルールと合併症の回避  石川達哉
 脳神経外科手術の失敗学  井川房夫  
 脳血管障害手術の合併症防止のための技術修練と知識  上山博康
 脳血管内治療におけるM&M  村山雄一,ほか
 脳神経外科手術と平常心  谷川緑野
 合併症をきたさないための組織の体制作りとガバナンスの構築  塩川芳昭,ほか
 合併症対応の社会的側面  森田明夫
 脳神経外科手術の合併症の集計と対策  森田明夫,ほか
 総括 総括 医療安全のためのM&Mと失敗学  森田明夫
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