新NS NOW 10

脳動静脈奇形治療のこれまでとこれから

脳神経外科のエベレスト登山

脳動静脈奇形治療のこれまでとこれから

■担当編集委員 菊田 健一郎

定価 12,100円(税込) (本体11,000円+税)
  • A4判  200ページ  オールカラー,イラスト120点,写真140点
  • 2017年5月18日刊行
  • ISBN978-4-7583-1570-8

これまでを学び,これからを拓く

No.10では「脳動静脈奇形治療のこれまでとこれから」をテーマに取り上げた。
脳動静脈奇形は患者背景,病状,病態が異なり,治療方針を一律で語ることはできない。また,出血例や脳動脈瘤を合併する例などでは治療に難渋することも考えられる。
脳動脈奇形の適切な治療のためには,病理や疫学,適応,画像を含めた診断,塞栓術,定位放射線治療,開頭での外科的除去などに通じていることが求められる。
脳動静脈奇形に対する治療の変遷と現在のゴールドスタンダードを理解し,どのような症例にも適切な対応ができるようになるための知識を磨ける一冊である。

■シリーズ編集委員
森田明夫/伊達 勲/菊田健一郎


序文

 京都大学で研修医をしていた26年前,京大病院には全国から続々とhigh grade AVMが紹介されていました。おそらくAVMに対するemboliationとmicrosurgeryの両者が高いレベルで行える施設がまだ少なかったからでしょう。High grade AVMを次々に滝 和郎先生が血管内塞栓し,菊池晴彦教授が手術摘出されていました。巨大AVMや基底核,脳幹,運動野のAVMなど現在ではなかなか目にすることすらないビッグな症例に対してもチャレンジングに治療が行われていました。重篤な合併症が出ることもあれば,AVM周囲の可塑性のためか,思いのほか劇的に回復する例もあり,AVMって不思議な病気だなと当時から思っておりました。これらの困難な症例の治療を間近でみることができたのも大きな財産でしたが,教室員が一丸となって難敵と戦う雰囲気を体験したことはもっと大きな財産でした。
 AVMの手術ではnidusと正常脳との境界を丹念に追跡して剥離しますが,その際必ずといっていいほど出血が生じます。出血はしつこいもので,これを辛抱強く止血しなければなりません。手術は長時間かかりトラブルは日常茶飯時です。従ってAVMの手術は技術だけでは乗り切れません。体力と忍耐力,精神力も必要です。菊池教授は「AVMがきちんと取れる脳神経外科医は大抵の手術はできる」といっておられましたが,最近になってようやく意味がわかりました。技術,体力,精神力が必要という意味ではAVM手術は登山と似ています。AVMは最高難易度ですのでエベレスト登山に例えてもいいでしょう。エベレスト登山で山中に遭難している人は多数います。安易にAVM手術を行ってしまって,滑落したり遭難したりする術者も多数見聞きします。しかし困難であるからこそ登ってみたい,AVMが摘出できる術者になりたいと,思ってしまうのは私だけであったでしょうか? おそらく同僚の研修医は皆夢見ていたと思います。
 橋本信夫教授のご専門も菊池先生同様AVMでした。私は助手を8年ほど勤めました。菊池先生の手術が「ペースを乱さず黙々と走るマラソンランナー」のような手術をなさるのに対し,橋本先生の手術は「華麗なフィギュアスケーター」のようでした。バイポーラーに頼らない剥離はとにかく華麗でAVMの手術とは思えない美しい術野は全世界の脳神経外科医を魅了しました。私も側でどうやったらこんな手術ができるのかずっと観察しておりました。橋本先生は手術適応決定にMRトラクトグラフィーなど画像を導入し,術中DSA,ナビゲーション,ICGなどの術中モニタリングを積極的に用いました。これにより手術の安全性,確実性が飛躍的に向上しました。またそれらの効果を検証して論文化することで標準化にも貢献しました。当時書かれた総説で手術手順についてはほぼ完成の域に達したと感じました。逆に,high grade AVMに対する挑戦的治療は減少しましたが,Spetzler先生らも同様にこの頃grade 4,5に基本的に手術適応なしとする論文を出されました。
 それから約10年,この10年はOnyxTMを中心とした血管内治療が発展し,さらに定位放射線治療の地位が確立されました。フランスではバルーンでfeederを一時遮断し,OnyxTMを用いてtransvenousにAVMを完全に塞栓し,血管内治療だけで治癒させる試みが行われています。重篤な出血合併症が生ずることもあり,現代の日本ではなかなか行えない治療にみえますが,フランスは挑戦的治療に寛容な土壌があるのか,盛んにトライされています。将来,血管内治療だけでAVMは完治する時代が来るのかもしれません。定位放射線治療もきわめていい成績が多数のエビデンスで示され,手術に取って代わっています。欧米では多くの国でAVMの治療のfirst choiceは定位放射線治療であり,手術治療は激減しています。しかし欧米では定位放射線単独で治療するケースがほとんどで,日本でよく行われているような血管内治療と定位放射線を組み合わせるのはまだポピュラーではないようです。ARUBA研究も論文発表され,未破裂AVMに対する手術適応もかなり慎重にしなければならなくなりました。
 このような状況ですので,AVMに対する手術適応はどんどん狭まり,若手脳神経外科医がAVM手術を経験することがますます少なくなっています。他県で講演したときなどに若手脳神経外科医から「AVMの手術をみたことがないから手術をして大丈夫なのかどうかかわからない」と質問されたこともあります。このままではAVM 手術が絶滅するかもしれません。私としてはあんなに思い入れの強かったAVM手術がなくなるのは耐えられません。
 そこで,本シリーズではAVMを特集させていただきました。外科手術を中心に,わが国を代表するAVM surgeon,endovascular surgeon,stereotactic radiosurgeonの先生に,豊富な経験からさまざまなAVMのパターンについて論文では書けない攻略法,コツ,ピットフォールなどについてわかりやすく書いていただきました。AVMはバリエーションが豊富な疾患ですので,結論をまとめようとすると「一例一例よく検討して治療適応を決定しさまざまなモダリティーを適切に組み合わせて治療」となってしまいます。すなわちAVM手術の解を得る公式はみつかっていないということになります。最近の若者は答えがすぐ得られない問題を敬遠するといわれますが,解のない問題を考えることもまた楽しいことで,これを楽しめるのは,AIにはできないヒト脳の特権です。各章をみていただけますと,執筆者が解をなんとか解き明かそうとする努力の跡や熱量が感じられると思います。是非ご一読いただき,それらを感じ取っていただきAVMの世界にひととき耽溺してみてください。眼前にエベレスト登山のベースキャンプがみえてくることを期待しております。

2017年4月
菊田健一郎
福井大学医学系部門医学科脳脊髄神経外科分野
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目次

Ⅰ 総論
脳動静脈奇形(AVM)の概念,病理,疫学,歴史  中冨浩文,ほか
脳動静脈奇形の手術器具とモニタリング バイポーラー,ICG videoangiography,術中DSA  里見淳一郎
脳動静脈奇形の最新モニタリング Hybrid OR とナビゲーション  菊田健一郎
脳動静脈奇形に対するNBCAを用いた塞栓術  小南修史
脳動静脈奇形の塞栓術 OnyxTM  杉生憲志
脳動静脈奇形の定位放射線治療  小林達弥,ほか

Ⅱ 各論
脳動静脈奇形急性期の手術  栗田浩樹
テント上大脳半球AVMの手術 手術の基本(Spetzler-Martin grade 1 , 2)  堀内哲吉,ほか
テント上大脳半球high grade AVMの手術 Spetzler-Martin grade 3 -5  遠藤英徳,ほか
テント上深部AVM 側頭葉,特に海馬,内側型  菱川朋人,ほか
テント上深部AVM(脳梁,松果体部,基底核・視床,島回)の手術  野崎和彦
テント下脳動静脈奇形(小脳AVM)の手術  弘中康雄,ほか
テント下脳動静脈奇形(小脳上面)の手術  岩間 亨
High grade AVMに対するmultimodal treatment  劉 美憬,ほか
脳動静脈奇形手術における術中トラブルとその克服  菊田健一郎

◆シリーズ わたしの手術記載
① 本文に登場するAVMの手術記録  菊田健一郎
②AVM治療 左側頭−後頭葉high grade AVM  栗田浩樹
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