日常診療に活かす老年病ガイドブック 2

高齢者の薬の使い方

高齢者の薬の使い方

■担当編集委員 大内 尉義

定価 9,900円(税込) (本体9,000円+税)
  • B5判  296ページ  2色
  • 2005年3月29日刊行
  • ISBN978-4-7583-0277-7

超高齢社会を迎えるわが国の医師必携シリーズ

高齢者への投薬は一般成人と違ってどのような特徴があるのか,注意点は,などを解説。薬物動態学,薬力学の視点からみた総論と,老年症候群,疾患からみた視点の各論で構成。各論ではできる限り具体的な処方例を示した。

■シリーズ監修
大内尉義

■シリーズ編集
大内尉義/井藤英喜/三木哲郎/鳥羽研二


序文

東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座教授大内尉義

 わが国の平均寿命は男性78.32歳,女性85.23歳であり(2002年簡易生命表による),世界一の長寿国となっている。65歳以上の高齢人口はすでに19.4%に達し(2004年8月),2015年には26.0%が高齢者という超高齢社会を迎えることが予想されている。老化することは誰しも避けられない。そうであるならはいうまでもなく,このような高齢社会を迎えた今日,すべての臨床医が高齢者における薬物療法に精通しておく必要があろう。すなわち,高齢者においては,体組成や生理機能の加齢変化を背景に,薬物動態,薬力学が若年者に比べて大きく変化しており,有害事象が起きやすく,また知的機能の低下などに起因する誤服薬など,若年者では考えられないようなことが問題となるのである。したがって,高齢者において有害事象を最小に抑えて最大の治療効果をあげる薬物療法を実践するためには若年者と異なった考え方で薬物療法に臨む必要がある。
 本序論では,高齢者における薬物療法の考え方と課題について概観したい。

1. 高齢者の薬物動態pharmacokineticsと薬力学pharmacodynamics
 経口投与された薬物は腸管で吸収absorptionされ,体内に分布distributionし,代謝metabolismを受けた後に体外に排泄excretionされる。この薬物動態(頭文字をとってADMEとよばれる)の加齢変化の一般的な事項と,各薬剤がどのような動態を示すかを理解することは,高齢者の薬物療法の基礎となる事項であり,十分理解しておく必要がある。
 投与された薬物はまず小腸粘膜において能動輸送または受動輸送の機序により吸収されるが, 一般的に加齢が吸収に及ぼす影響はあまり大きくない。
 吸収によって血液循環に入った薬物は次いで体内に分布する。薬物が体内で分布する容積を分布容積Vdというが,薬物の体内濃度は体内薬物量をVdで割ったものとなる。高齢者では体組成の加齢変化により細胞内水分量が減少,脂肪成分が増加しており,水溶性の薬物はVdが減少し,脂溶性の薬物は逆にVdが増加するため,血中濃度はそれぞれ増加,減少することになるが,後者では消失半減期が延長する。
 腸管で吸収され,体内に分布した薬剤は次に代謝を受ける。代謝の中心的な臓器は肝臓であり,チトクロームP-450依存的酸化,還元,あるいは加水分解を受け(薬物代謝の第I相),次いでグルクロン酸抱合,アセチル化,硫酸抱合などの修飾を受ける(薬物代謝の第II相)。アンチピリン,キニジン,プロプラノロールなどは第I相の変化が低下し,インドメサシン,ワーファリンなどでは変化しない。また,第II相は加齢とともに不変とされる。高齢者では肝血流が大幅に低下し,薬物の肝クリアランスに大きく影響する。肝での除去率の高い薬物(プロプラノロール,リドカインなど)の薬物動態は肝血流に大きく依存し,加齢によりCmax(最大血中濃度)は大きく増加するが,血中半減期はやや増加するのみである。肝での除去率の低い薬物(インドメタシン,ジアゼパム,ワーファリンなど)は肝機能に大きく依存し,Cmax(最大血中濃度)はあまり変わらないが,血中半減期は著しく増加する。したがって対応としては,前者は投薬量を減らし,後者では投与回数を減らすことになる。
 投与された薬物は最後に体外に排泄されるが,その経路としては腎性排泄と胆汁,乳汁,呼気,唾液などの腎外性排泄の2種類がある。主として腎性排泄を受ける薬物としては,ジゴキシン,非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs),アンジオテンシン変換酵素阻害薬などがあるが,高齢者では腎機能が低下していることが多く,十分注意する必要がある。腎機能低下時の薬物投与量はGiusti-Hayton法により,
投与量=標準投与量×{1−fux(1−Ccr/100)}
(fu:尿中未変化体排泄率,Ccr:クレアチニンクリアランス)
と計算される。fuは薬物に固有の値であり,たとえばジゴキシンでは0.7である。Ccrが30mL/minであれば,ジゴキシンの投与量は標準投与量の半分の0.125mgと計算される。Ccrを外来で求めることが困難なときは,血清クレアチニン値からの換算式を利用するとよい。高齢女性では筋肉量が少ないため,血清クレアチニン値は実際の腎機能に比べて見かけ上,低いことが多いので要注意である。換算式ではこのことも勘案してあり,女性用のものを用いる。
 薬物動態がADMEで記述されるのに対し,薬力学は薬物と生体の相互作用を表す概念であり,最終的な薬剤の効果は薬力学で決定されることになる。たとえば,β遮断薬の効果は加齢とともに低下し,α遮断薬の効果は加齢とともに増強することが知られている。これは加齢とともにβ受容体の機能が低下し,α受容体の機能が昂進するためと考えられている。
2.高齢者における薬物療法の原則と注意点
 実際に高齢者に薬物を投与する時の原則と注意点は以下に示す9項目にまとめられる。薬物療法にあたってこれらを念頭におくことは,高齢者において正しい薬物療法を実践し,有害事象の発現を最小に抑制することに有用と考えられる。
(1)薬物服用歴を詳細に聴取する。
 特に他科,他院の処方を見落としやすい。漢方薬やサプリメントは薬と認識されていないことも多く,その点にも注意して聴取する。
(2)投与薬剤の体内動態及び薬力学の加齢変化を正しく知る
 これは1.に述べた通りであるが,個々の薬物の薬物動態と薬力学がどのような加齢変化を起こすかについては,当然のことながら一度には覚えきれない。そこで,上述した基本原則をよく理解した上で,繁用する個々の薬物に関する知識を得ておくのが最も現実的な対応である。血中濃度の測定ができる薬物についてはTherapeutic Drug Monitoring(TDM)を活用すべきである。薬物動態と薬力学の加齢変化については第1章で詳しく述べられている。
(3)診断を確実にした後に薬物投与を開始する
 正しい薬物療法が正しい診断の上に成り立つのは当然のことである。
(4)初回投与量を少なくし,その後も頻回に調整する
 分布容量,薬物の代謝,排泄の加齢変化を勘案し,特に腎排泄性の水溶性の薬剤では初回投与量を減らし,反応を見ながら緩徐に増量し,投与量がいったん定まった後にも投与量を頻回に調整する。
(5)投薬数をできる限り少なくする
 加齢に伴い一人当たりの疾患数が増加し,高齢者では投薬数が増加する。投薬数と有害事象の頻度は正相関を示し,これらの結果,薬剤による有害事象の発現は加齢ともに増加する。また,高齢者は薬剤の有害作用を引き起こしやすい生理的加齢変化(腎機能,肝血流,肝機能など)を有していることにも注意する。また高齢者に多い低アルブミン血症では遊離薬物の増加をきたし,薬効が思った以上に出る場合があるので注意する。
 それでは投薬数を必要以上に増やさないためにはどうしたらよいだろうか?それには,(1)薬効が確立した薬剤以外を処方しない,(2)症状に応じて対症的に薬剤を処方することをなるべくしない,(3)緊急事態以外では観察期間を置き,すぐに薬物投与を開始しない,(4)症状,所見,検査値から総合し,必要性の低い薬剤は処方しない,(5)薬物療法以外の手段を考える,などが考えられる。
(6)服用法を簡明にする
 高齢者における誤服薬を防止するためには,服用方法をなるべく簡単にする必要がある。われわれの調査によれば,中等度の知的機能障害のある高齢者では3剤以上の服薬管理は困難である。
(7)薬剤間の相互作用や疾患との相互作用を常に監視し有害事象の発現を防止する
(8)服薬コンプライアンスに注意する
 服薬コンプライアンスとは,投薬された薬剤をどれだけ患者が受け入れ,服用するかということである。高齢者は一般に服薬コンプライアンスが低いと考えられがちであるが,高齢者ですべて低いわけではない。外来に通院できるような比較的元気な高齢者では,むしろ年齢とともに高くなる傾向すら認められる。服薬コンプライアンスが良好なことは,一般的には良いことであるが,高齢者の場合,有害事象が発現してもそのまま服薬を続けることにもつながりかねないので,本人および家族によく説明しておく必要がある。
(9)高齢者に多い症状(老年症候群)を起こす薬物に注意する
 高齢者でいろいろな急性の出来事があった場合,薬の有害事象ではないか,ということをまず考える必要がある。高齢者に多い症状を起こす薬物を表に示すので参考にされたい。

 本書は,以上述べたように,高齢者医療の柱となる薬物療法の基本的な考え方とその実践的な応用について,高齢者薬物療法の臨床と研究の第一線に携わる方々にご執筆いただいた。内容は大きく4部に分かれ,まず,薬物動態と薬力学の加齢変化,高齢者薬物療法の注意点,服薬指導,抗加齢療法,漢方療法などを総論的にとりあげ,次いで,老年症候群に対する薬物療法をとりあげ,三番目に,高齢者の個々の疾患,病態における具体的な薬物療法,最後に悪性腫瘍の薬物療法についてまとめる,という構成になっている。本書が高齢者における正しい薬物療法の発展に寄与することを期待して,本書の序論としたい。

<参考文献>
1) 清水直容監修 : 高齢者への投薬. ミクス, 東京, 1990.
2) Ritschel, WA (守田嘉男監訳,岩本文一訳) : 老年期の薬物動態学. 薬業時報社, 東京, 1991.
3) 蔵本 築編著 : 老年者の薬物療法.1993,メジカルビュー社, 東京, 1993.
4) 厚生省・日本医師会(編) : 高齢者における薬物療法の手引き. 薬業時報社, 東京, 1995.
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目次

 刊行にあたって  大内尉義
 序論:高齢者医療における薬物療法の位置づけ  大内尉義

I 総論  
 高齢者の薬物療法の基礎ー薬物動態学,薬力学からのアプローチー  伊賀立二
 高齢者における薬物療法の注意点−臨床の立場から−  秋下雅弘
 高齢者における薬物療法の注意点−薬剤部の立場から−  山田安彦
 高齢者における服薬指導の実際  清野敏一,鈴木洋史,伊賀立二
 TDMを高齢者薬物療法にどのように活かすか  草間真紀子,伊賀立二
 抗加齢療法とは  河手久弥,高柳涼一
 高齢者における漢方療法の位置づけ  岡部哲郎
II 老年症候群の薬物療法  
 誤嚥  佐藤琢磨,佐々木英忠
 男性の尿流障害  舛森直哉,塚本泰司
 女性の尿流障害  巴 ひかる
 せん妄   飯島 節
 転倒  塩之入 温
 めまい  市村恵一,大和田聡子
III 老年疾患の薬物療法  
 高齢者における心不全治療薬の使い方  松本正幸,岩井邦充
 高齢者における虚血性心疾患治療薬の使い方  大川真理,松村敬久,土居義典
 高齢者における抗不整脈薬の使い方  大家辰彦,犀川哲典
 高齢者における降圧薬の使い方  大石 充,荻原俊男
 高齢者における抗凝固薬,抗血小板薬の使い方  山本啓二,島田和幸
 高齢者における気管支拡張薬,去痰薬の使い方  寺本信嗣,山本 寛
 高齢者における抗生物質,抗菌薬の使い方   佐々木英祐,河野 茂
 高齢者におけるワクチン療法の実施法  森屋恭爾
 高齢者における消化管疾患治療薬の使い方  梶山 徹,千葉 勉
 高齢者における肝・胆・膵疾患治療薬の使い方  若月芳雄
 高齢者における甲状腺疾患治療薬の使い方  橋爪潔志
 高齢者における高脂血症治療薬の使い方  神崎恒一
 高齢者における経口糖尿病薬の使い方  横野浩一
 高齢者におけるインスリンの使い方  岡崎恭次,中野博司,大庭建三
 高齢者における副腎皮質ホルモン・NSAIDsの使い方  後藤 眞
 高齢者における抗リウマチ薬の使い方  定形綾香,山本一彦
 高齢者における高尿酸血症治療薬の使い方  藤森 新
 骨粗鬆症治療薬の使い方  宮尾益理子
 高齢者における抗精神病薬の使い方  工藤 喬,武田雅俊
 抗痴呆薬物療法の現状と展望  平井俊策
 パーキンソン病治療薬の使い方  葛原茂樹
 大動脈瘤・閉塞性動脈硬化症治療薬の使い方  重松邦広
 高齢者におけるホルモン補充療法  林 登志雄
IV 高齢者における悪性腫瘍の薬物療法  
 肺癌  水口英彦,長瀬隆英
 消化器癌  岡 政志,一瀬雅夫
 血液系腫瘍  大田雅嗣
 前立腺癌  桶川隆嗣,東原英二
 卵巣癌  西出 健,吉川裕之
 乳癌  小林 直,相羽恵介,倉石安庸
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